はじめに
近年の分子生物学の発展に伴って、生物の形態や生物が示す現象が遺伝子レベルで説明されるようになってきている。生物が示す全ての形質は、遺伝子の発現によって制御されていると言ってもよく、その点から考えても分子生物学の流れが、遺伝子の機能の解明や遺伝子の発現調節機構の解明、さらには遺伝子発現のカスケードの解明といった方向に向かっているのは必然といえる。
我々が、ある遺伝子に着目しその遺伝子の発現と特徴を調べる上で行う実験はほぼ決まっている。cDNAライブラリーをスクリーニングしcDNAを得た後に塩基配列を決定する。その後にcDNAをプローブとしてゲノミックライブラリーをスクリーニングして全長の遺伝子を単離し、全塩基配列を決定する。cDNAをプローブにして、ゲノミックサザン分析を行いコピー数を確認し、ノーザンブロット分析によって発現器官や発現時期を確認する。遺伝子の産物であるタンパク質の発現時期や存在器官を確認するためにはcDNAからタンパク質を合成し、それに対する抗体を作成してウェスタンブロット分析を行う。そして、更に遺伝子の発現を組織レベルでミクロに追跡しようとする場合に用いるのが、in situ ハイブリダイゼーションである。
cDNAプローブやRNAプローブを合成して組織に対してハイブリダイズし遺伝子の発現を調べる実験が "in situ hybridization analysis"であり、抗体をプローブに用いてタンパク質の存在組織を調べる実験は"in situ localization analysis"と表現せざるを得ないだろうが、この章ではまとめてin situ ハイブリダイゼーションとさせて頂く。
In situハイブリダイゼーションが行われ始めた頃、cDNAプローブやRNAプローブはアイソトープラベルして用いられていたが、最近はプローブをビオチンやジゴキシゲニンでラベルするNon-RIのシステムが確立されている。光学顕微鏡レベルで観察しようとするときはここに示すNon-RIのin situハイブリダイゼーションで十分である。
以下、Non-RIで行うin situハイブリダイゼーションの実験について述べてゆくが、まず、RNAを検出する"in situ hybridization analysis"を、続いてタンパク質を検出する"in situ localization analysis"について述べることにする。なお、in situハイブリダイゼーションは、組織の固定と包埋、組織切片の作成、プローブの調製、ハイブリダイゼーション、シグナルの検出の各ステップからなるので順次説明してゆく。
in situ hybridization analysis
- はじめに
RNAプローブを用いて組織内のRNAを検出するため、RNaseのコンタミネーションには特に注意する。そのため、以下の点を必ず守ること。
- ガラス器具、金属器具は200℃で2時間以上乾熱滅菌する。
- プラスチック器具は全て滅菌済みのディスポーザブル器具を用いる。
- 試薬類は全てDEPC処理する。
但しTris系のバッファーはDEPC処理できない。
- 作業時は、必ず手袋をする。
- サンプルの固定と包埋
サンプルの固定と包埋は、既存の方法と大差ない。
- 試薬の調製
- 固定液
1% |
glutaraldehyde |
3% |
paraformaldehyde |
50mM |
NaCl |
50mM |
Na-phosphate Buffer (pH7.3) |
- 脱水・置換のためのエタノール、ブタノール系列
30% Ethanol |
50% Ethanol |
70% Ethanol |
90% Ethanol |
95% Ethanol |
100% Ethanol |
30% t-Buthanol (in 100% Ethanol) |
60% t-Buthanol (in 100% Ethanol) |
80% t-Buthanol (in 100% Ethanol) |
100% t-Buthanol |
t-Buthanol / Liquid Parrafin (1:1) |
Liquid Parrafin |
Paraffin (Low Melt) |
Paraffin (High Melt) |
※ 各項目の試薬は、個別に使用する
- 実験操作
- サンプルを固定液に浸し、約5分間減圧処理を行う。減圧処理は、サッカーまたは真空ポンプに連結したデシケーターを用いるか、もしくは凍結乾燥器を用いる。
- 0℃に4時間放置する。
- 更に、以下の条件で脱水しパラフィンに置換する。
- 30% Ethanol 0℃ 20分 1回
- 50% Ethanol 0℃ 20分 1回
- 70% Ethanol 4℃ 一晩 1回
- 90% Ethanol 室温 20分 1回
- 100% Ethanol 室温 20分 2回
- 30% t-Buthanol in 100% Ethanol 室温 20分 1回
- 60% t-Buthanol in 100% Ethanol 室温 20分 1回
- 80% t-Buthanol in 100% Ethanol 室温 20分 1回
- 100% t-Buthanol 室温 20分 2回
- t-Buthanol / Liquid Paraffin (1:1) 室温〜58℃ 2〜4時間 1回
- Paraffin (mp.51〜53℃) 58℃ 3回
- 包埋は既存の方法で行う。
- 筆者は、1cm角の分光光度計用プラスチックセルを型にしてアルミホイルで作った、包埋用容器を使用している。
- パラフィン溶融器上で容器にパラフィンとサンプルを流し込み、静かに氷水に浸す。
- パラフィンの表面が固化した後に氷水中に完全に沈める。
- このパラフィンケーキは、4℃で保存する。
- 注意事項
この項目は、既存の方法と大差ないので、成書を参照されたい。
- 切片の作成と脱パラフィン
- 器具の準備・試薬の調製
- スライドグラス
- スライドグラスをExtran MA01に一晩浸した後、十分に水洗する。
- エタノールで洗浄した後、乾熱滅菌する。
- ゼラチン液に浸した後、完全に風乾する。
- 1%ホルムアルデヒドに浸し、風乾した後に45℃で一晩乾燥し、デシケーターに保存する。
- カバーグラス(24x50mm)
- シグマコート(SL-2)に浸し、エタノールで洗浄する。
- 風乾後、乾熱滅菌し、デシケーター上に保存する。
- 試薬類
- ゼラチン液
- 脱パラフィン用試薬
Xylene |
100% Ethanol |
99% Ethanol |
95% Ethanol |
90% Ethanol |
80% Ethanol |
70% Ethanol |
50% Ethanol |
30% Ethanol |
DEPC処理水 |
- 実験操作
- パラフィンケーキを適当な大きさにトリミングし、木製のブロック上に固定する。
- 回転式ミクロトームにセットし、8〜12μmに切断してリボンを作成する。
- スライドグラス上に置き、伸展器上で一晩かけて伸展する。
- 脱パラフィンは、以下の順に行う。
- Xylene 室温 5分 2回
- 100% Ethanol 室温 1分 2回
- 99% Ethanol 室温 1分 2回
- 95% Ethanol 室温 1分 2回
- 90% Ethanol 室温 1分 2回
- 80% Ethanol 室温 1分 2回
- 70% Ethanol 室温 1分 2回
- 50% Ethanol 室温 1分 2回
- 30% Ethanol 室温 1分 2回
- DEPC処理水 室温 5分 2回
- 注意事項
スライドグラスはゼラチンでコートしているが、poly-(L)-lysineでコートした方が良いという話である。
脱パラフィン後は、引き続いてハイブリダイゼーション操作を行う。
- ハイブリダイゼーション〜洗浄
In situハイブリダイゼーション用のキット(In situ Workstation:BBL)を用いると非常に簡単である。また、ハイブリダイゼーションチャンバーは、タッパーウエアの容器などを用い、サンプルは角型シャーレに入れてからチャンバーに入れる様にする。
- 試薬の調製
20x SSC, 20x TBS, 0.5M Tris-HCl(pH7.6), ProteinaseK Diluent
DEPC水
2x SSC, 50mM Tris-HCl(pH7.6), 10μg/ml ProteinaseK
100μg/ml RNase in TBS, 1x PBS, 1x TBS
0.4% Paraformaldehyde in PBS
4x SSC/50% Formamide, 2x SSC/50% Formamide
0.5x SSC/50% Formamide
Prehybri/Hybri Solution (これは、30% Formamideなので更に添加して、50%とする)
キットを使わない場合は、Denhaldt's Solution/50% Formamide
- プローブ
RNAプローブを用いるが、その合成方法は、"RNAプローブの調製"を参照していただきたい。
- 実験操作
- 脱パラフィンしたサンプル(以下スライドグラスと略す)をDEPC処理水に浸し、アルコールを完全に除いた後に、2x SSCに浸して60℃で10分間インキュベートする。
- インキュベート後、DEPC処理水で軽く洗浄した後に、50mM Tris-HCl(pH7.6)に5分間浸し、スライドグラスを傾けて液をほぼ完全に除く。
- スライドグラスをチャンバーに入れ、300μlのProteinaseK溶液を注ぎ、カバーグラスをかけて37℃で1時間放置する。
- カバーグラスを外し、スライドグラスを1x PBSに1分間浸して軽く洗浄した後、0.4% paraformaldehyde/1x PBSに移し、4℃で20分処理する。
- DEPC処理水に浸し軽く洗浄し、スライドグラスを傾けて水をほぼ完全に除く。
- スライドグラスをチャンバーに入れ、300μlのPrehybri/Hybri Solutionを注ぎ、カバーグラスをかけて42℃で1時間処理する。
- カバーグラスを外しスライドグラスを傾けて液を除き、乾ききらないうちに100μlのプローブを加えたPrehybri/Hybri Solutionを注ぎ、カバーグラスをかけて42℃で一晩(16〜17時間)処理する。なお、この際に用いるプローブは合成したDIGラベルRNAの1/10〜1/20で、電気泳動してかろうじて見える量で十分である。
- カバーグラスを外し、スライドグラスを傾けてPrehybri/Hybri Solutionをほぼ完全に除き、以下の順にスライドグラスを液に浸してゆく。
- 4x SSC/50% Formamide 37℃ 5〜10分 2回
- 2x SSC/50% Formamide 37℃ 5〜10分 2回
- 0.5x SSC/50% Formamide 37℃ 5〜10分 2回
- 0.1% Triton X-100/1x PBS 室温 15分 1回
- RNase溶液 37℃ 15分
- TBS(またはTBST) 室温 15分
- 注意事項
RNase処理に至るまでは、RNaseのコンタミネーションに気を付ける。
なお、ここで使用するRNaseで分解されるのは1本鎖のRNAのみであり、ハイブリダイズした2本鎖のRNAは分解されない。
- シグナルの検出
DIG Nucleic Acid Detection Kit(Boehringer Mannheim)を用いる。
- 試薬の調製
- ブロッキング液
1% ブロッキング/1x PBS
- 抗体液
抗体(anti-DIG antibody Alkaline Phospahtase Conjugated)をブロッキング液で200〜500倍に希釈する。
- TBS
- AP9.5
- 検出液
NBT |
45μl |
X-phosphate |
35μl |
AP9.5 |
10ml |
- 実験操作
- スライドグラスをブロッキング液に室温で30分浸す。この際、静かに振盪する。
- スライドグラスを抗体液に移し室温で30分振盪する。
- 抗体との反応が終了した後に、スライドグラスをTBSに浸して静かに振盪しながら10分間洗浄する。これを3回以上繰り返す。
- AP9.5に10分間浸す。
- スライドグラスを検出液に移し、発色状態を観察しながら室温でインキュベートする。
- 発色反応の停止はTBSでの洗浄によって行い、十分にTBSで洗浄した後、水で十二分に洗浄する。
- 水封入し、写真撮影を行う。
- 注意事項
この方法で得られる青紫色の沈殿はキシレンに若干解けるようであり、封入のための脱水系列の最終段階で緩やかに溶解してしまう。このため、手早く脱水処理しカナダバルサムで封入するか、もしくは水性の封入剤を用いと良いと思われる。
- おわりに
一連の実験によって、遺伝子がどの組織で発現しているか、タンパク質がどの組織に存在しているかは確認できる。顕微鏡観察を行って確認できる結果であるため、あとは写真撮影がデータの質を決定する。この点は特に気を付けた方がよい(この原稿を書いている時点で、主にこの点が原因で筆者は投稿論文を2回リジェクトされている)。
また、切片の切り方には気を付けた方がよい。その点についてこの章では特に述べなかったが、参考図書として挙げた成書を参考にしていただきたい。
- 参考図書
- 村松正実・岡田博文編 遺伝子工学ハンドブック 実験医学別冊羊土社 1992
- 新津恒良・平本幸男編 実験生物学講座 2 光学・電子顕微鏡実験法 丸善株式会社 1983
- 野村慎太郎・稲澤譲治著 脱アイソトープ実験プロトコール 1 DIGハイブリダイゼーション 細胞工学 別冊9 秀潤社 1994