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 Agrobacteriumによる形質転換(Brassica) 

  はじめに

 ブラシカ属の植物には、キャベツ、白菜、ブロッコリー、ナタネなど需要の高い作物く含まれる。これらの植物の品種改良には、近年、分子生物学的手法が用いられるようになり、遺伝子導入系の確立が重要視されている。ブラシカ属植物への遺伝子導入法にはアグロバクテリウム法、エレクトロポレーション法などがある。ただし、エレクトロポレーション法はプロトプラストからの再分化系が確立されている種に限られてしまう。一方、アグロバクテリウム法は汎用性が高く、多くの形質転換体が得られている。
 ここでは、アグロバクテリウムを用いた形質転換法である花茎を用いた方法と胚軸を用いた方法を紹介する。さらに、後者においてはBrassica campestrisBrassica oleraceaBrassica napusで培地の組成、手順が多少異なるため2通りの感染方法を紹介することにする。

  実験

  1. 花茎を用いたトランスフォーメーション
    1. 共存培養
      1. 共存培養を行う前日に、適当な抗生物質を加えたYEPあるいはYEB培地にアグロバクテリウムを植菌し、28℃、24時間培養を行う。
      2. ピンポン玉程度の大きさになった花序を第5節のところで切り取り、外植体とする。
      3. 葉を基部から切除し、70%エタノールで花茎の表面をよく拭く。
      4. 50ml遠心チューブ(CORNING)に花茎を入れ70%エタノールを加えて全体と して約45mlの体積となるようにする。
      5. 4.を1分間激しく振とうする。
      6. 70%エタノールを注ぎ出し、代わりに1%次亜塩素酸ナトリウムを注ぎ、室温で15分間激しく振とうする。
      7. 15分間の振とうの間、クリーンベンチ内でMS無機塩(pH5.2)を浅型の滅菌シャーレの中に3mlずつ分注しておき、その上に滅菌したろ紙を敷き、MS無機塩がシャーレ内に均一に広がるようにする。
          ※ 以下の操作はすべて無菌的操作なのでクリーンベンチ内で作業する。
      8. 1%次亜塩素酸ナトリウムを注ぎ出し、代わりに滅菌水を注ぎ、花茎に付着 している次亜塩素酸ナトリウムをよく洗いおとす。これを4回繰り返す。
      9. 滅菌したキムタオルの上に花茎を取り出して、次亜塩素酸ナトリウムによって白くなった花茎の切り口をメスで取り除く。花茎を厚さ5mmの輪切りにする。
      10. 7.で用意したシャーレに花茎の基部を下にして置く。
      11. 共存培養培地の上にタバコの懸濁培養液を1.5mlのせ、均一に広げる。
      12. 11.の共存培養培地に、滅菌ろ紙を泡が入らないようにのせる。
      13. 10.の花茎の入ったシャーレに前日から培養しているアグロバクテリウムの培養液を3ml注ぎ入れる。
      14. これを2分間ゆっくり振とうさせる。
      15. 2分間の振とうの間に別の浅型シャーレに滅菌ろ紙を1枚用意しておく。
      16. 12.で用意したシャーレにアグロバクテリウムを感染させた花茎をのせて余分な菌液を除去する。
      17. 花茎を共存培養培地に移し、パラフィルムでシールしてから、暗黒下、28℃、3日間の共存培養を行う。

    2. 除菌および選抜
      1. 花茎を500mg/lのカルベニシリンが入った不定芽分化培地に移し、25℃、16時間日長の下で1週間培養する。この時、シャーレをパラフィルムの代 わりにサージカルテープでシールする。
      2. 1週間後、500mg/lのカルベニシリンと20mg/lのハイグロマイシンの入った不定芽分化培地に花茎を移植する。25℃、16時間日長の下で約3週間培養 する。

    3. 検定
      1. 除菌用の不定芽分化培地に移してシュートを大きく生長させると同時に、シュートから葉を一部切り出してきて500mg/lのカルベニシリンと50mg/l のハイグロマイシンを含む検定培地に移植し、ハイグロマイシン耐性の検定を行う。
      2. 約10日後に葉がカルス化しているものはハイグロマイシン耐性個体とみな し、白色化してしまったものはハイグロマイシン感受性個体とみなす。

    4. 発根
      1. 検定の結果、形質転換体とみなした不定芽を切り取り、ホルモンフリーのMS培地に移す。
      2. 発根したものは土に移植しP1温室で育てる。ただし、土に移植した最初の数日間は乾燥を防ぐために土の表面をサランラップで覆う。

    5. 培地組成
      1. 共存培養培地
        MS無機塩
        ×1/10
        B5ビタミン ×1
        シュクロース 30g
        BAP 1.0mg
        PHYTAGAR 8.0g
        1000ml(pH5.8)

      2. 不定芽分化培地
        MS無機塩 ×1
        B5ビタミン ×1
        シュクロース 30g
        BAP 1.0mg
        0.5M アルギニン 1.0ml
        PHYTAGAR 8.0g
        1000ml(pH5.8)
        ※ オートクレーブにかけた後、培地が手で触ることができる程度に冷めてからカルベニシリンを500mg/lあるいはそれに加えてハイグロマイシンを20mg/lの濃度になるように加える。

      3. 検定培地
        MS無機塩 ×1
        B5ビタミン ×1
        シュクロース 30g
        BAP 5.0mg
        0.5M アルギニン 1.0ml
        PHYTAGAR 8.0g
          1000ml(pH5.8)


  2. 胚軸を用いたトランスフォーメーション−Brassica campestrisの場合−

    1. 播種
      1. Brassica campestrisの種子を70%エタノール下で2分間、1%次亜塩素酸で15-20分間振とうした後、滅菌水で3回洗う。
      2. 滅菌処理した種子を播種用培地に播種する。
      3. 22-25℃、16時間日長、45-55μE/m2Sの条件下で生育させる。

    2. 前培養
      1. 播種後、6-7日後の胚軸(4-5cm)を5-10mmの長さに切る。
      2. 1.の切片をタバコの懸濁培養液を1.5ml敷いたMS-1培地に置床し、25℃、18-24時間前培養する。

    3. 共存培養
      1. アグロバクテリウムを適当な抗生物質を加えたYEB培地で28℃、24時間培養する。
      2. 24時間培養したアグロバクテリウムをMS-1培地で希釈し、OD680=0.1とな るように調製する。
      3. 胚軸をアグロバクテリウム培養液に入れ、30分間振とうする。
      4. 滅菌したろ紙やキムタオルを用いて余分な菌液を吸い取る。
      5. 胚軸をMS-1培地に戻し、暗黒条件下、28℃で3日間共存培養する。

    4. 除菌および選抜
      1. アグロバクテリウムを除菌するためカルベニシリンを500mg/lを含むB5-1 培地に移し、25℃で7日間培養する。
      2. 7日後、カルベニシリンを250mg/l、カナマイシンを10mg/lを含むB5-BZ培 地に胚軸を移植する。
      3. 以降、シュートが得られるまで14日ごとに継代を繰り返す。
      4. 緑色の再分化植物が得られたら、カルベニシリンを250mg/l、カナマイシ ンを20mg/lで加えたB5-0培地に移植する。

    5. 発根
      1. 2-3葉となったシュートを20mg/lのカナマイシン、250mg/mlのカルベニシ リンを加えたB5発根培地にカルスから切り取り、移植する。
      2. 発根した植物体はB5-0培地で生長させる。
      3. 生長した植物体は根のまわりの寒天を水中で丁寧に取り除き、土に移植し、P1温室で育てる。ただし、土に移植した最初の数日間は乾燥を防ぐために土の表面をサランラップで覆う。

    6. 培地組成
      1. 播種用培地
        MS無機塩 ×1/10
        MSビタミン ×1
        PHYTAGAR 6.0g
          1000ml(pH5.8)

      2. MS-1培地
        MS無機塩 ×1
        シュクロース 30g
        KH2PO4 100mg
        ミオイノシトール 100mg
        チアミン 1.3mg
        2,4-D 1.0mg
        PYHTAGAR 6.0g
          1000ml(pH5.8)

      3. B5-1培地
        B5無機塩 ×1
        B5ビタミン ×1
        シュクロース 30g
        2,4-D 1mg
        PYHTAGAR 6.0g
        1000ml(pH5.8)

      4. B5-BZ培地
        B5無機塩 ×1
        B5ビタミン ×1
        BAP 3mg
        Zeatin 1mg
        シュクロース 10g
        PYHTAGAR 6.0g
        1000ml(pH5.8)

      5. B5-0培地
        B5無機塩 ×1
        B5ビタミン ×1
        シュクロース 10g
        PYHTAGAR 6.0g
        1000ml(pH5.8)

      6. B5発根培地
        B5無機塩 ×1
        B5ビタミン ×1
        IBA 2mg
        シュクロース 10g
        PYHTAGAR 6.0g
        1000ml(pH5.8)


  3. 胚軸を用いたトランスフォーメーション−Brassica oleraceaの場合−

    1. 播種
      1. Brassica oleraceaの種子を70%エタノール下で1分間、1%次亜塩素酸で10分間振とうした後、滅菌水で4回洗う。
      2. 滅菌処理した種子を播種用培地に播種する。
      3. 22-25℃、16時間日長、45-55μEの条件下で生育させる。

    2. 前培養
      1. 播種後、6-7日後の胚軸(4-5cm)を4mmの長さに切る。
      2. 1.の切片をタバコの懸濁培養液を1.5ml敷いたB5-DK培地に置床し、25℃、18-24時間前培養する。

    3. 共存培養
      1. アグロバクテリウムを適当な抗生物質を加えたYEPあるいはYEB培地で28℃、24時間培養しておき、この培養液1mlをホルモンフリーB5培地(pH5.8)で10倍に希釈する。
      2. 胚軸をアグロバクテリウム培養液に入れ、5分間つける。
      3. 滅菌したろ紙やキムタオルを用いて余分な菌液を吸い取る。
      4. 胚軸をB5-DK培地に戻し、暗黒条件下、28℃で2、3日間共存培養する。

    4. 除菌および選抜
      1. アグロバクテリウムを除菌するためカルベニシリンを250mg/l加えた
        B5-BZ培地に移植し、25℃で7日間培養する。
      2. 7日後、カルベニシリンを250mg/l、ハイグロマイシンを10mg/lで加え、B5-BZ培地に胚軸を移す。
      3. 以降、シュートが得られるまで14日ごとに継代を繰り返す。

    5. 検定
      1. シュートから得られた葉切片の葉縁を切り取り、ハイグロマイシン 50mg /l、カルベニシリン500mg/lで加えた検定培地に置床する。
      2. 約10日後に葉がカルス化しているものはハイグロマイシン耐性個体とみなし、白色化してしまったものはハイグロマイシン感受性個体とみなす。

    6. 発根
      1. 検定の結果、得られたシュートをホルモンフリーのB5培地にカルスから切り取って移す。
      2. 発根したものは土に移植しP1温室で育てる。ただし、土に移植した最初の 数日間は乾燥を防ぐために土の表面をサランラップで覆う。

    7. 培地組成
      1. 播種用培地
        MS無機塩 ×1/10
        シュクロース 30g
        ミオイノシトール 100mg
        チアミンHCl 0.4mg
        グリシン 0.2mg
        ピリドキシンHCl 0.05mg
        ニコチン酸 0.05mg
        PYHTAGAR 6.0g
          1000ml(pH5.8)

      2. B5-DK(フィーダー)培地
        B5無機塩 ×1
        B5ビタミン ×1
        2,4-D 1mg
        カイネチン 1mg
        シュクロース 30g
        PYHTAGAR 6.0g
          1000ml(pH5.8)


  4. 注意点
    1. 選抜時のポイントとしては、花茎を外植体とした場合、ディスクの基部側をしっかりと培地に埋め込み、エスケープを防ぐことが挙げられる。ただし、 埋め込む深さが深すぎるとシュートの再生率が低下してしまうので注意する。 一方、胚軸を外植体とする場合には、カルスが充分に大きくなるまでは、培 地に埋め込みすぎずに、培地上にのせるようにして培養すると良い。
    2. B.campestrisは再分化率も低く、シュートも生長しにくい。この場合、胚軸を外植体とし、カナマイシンで選抜すると良い結果が得られた。

  5. 終わりに
     培養のやり方、こつなどは経験的に得られるものが多いので、本を読んだり話を聞くだけではなく、実際に上手な人の手際を見せてもらうと良いと思う。さらに、最も重要なことは、「必ず、トランスフォーマントを出せる。」と信じることであろう。

  6. 参考文献
    Fry,J.,A.Barnason,and R.B.Horsch (1987). Transformation of Brassica napus with Agrobacterium tumefaciens based vectors. Plant Cell Rep 6:321〜325

    Radke,S.E., B.M.Andrews, M.M.Moloney, M.L.Crouch, J.C.Kridl and V.C.Knauf (1988) Transformation of Brassica napus L. using Agrobacterium tumefaciens: developmentally regulated expression of reintroduced napin gene. Theor Appl Genet 75:685〜694


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